息を吐くようにあちこちに感情を発散していたころ。
そのとき何を考えていたか、何に腹を立てたか、何を見て笑ったか。どうでもいいことまで、思考をそのままツイートやtimesに垂れ流していた。
裏垢みたいな他の場所にうつったわけではないし、わざわざ友達に連絡もしない。
だから最近、日常で出会ったちょっとした面白いこととか、誰かとの会話とか、「これ誰かに言いたいな」と思ったことを、どこにも吐き出さなくなった。
そのせいなのか、自分の感情をけっこう忘れるようになった。
「最近楽しかったことは?」とか「最近悲しかったことは?」と聞かれても、パッと出てこない。
別に引きこもっていたわけではない。
むしろ週5くらいで飲んでる気がするし、人とも普通に会っている。
会社の人、取引先、起業家の仲間、先輩。
起業家は孤独なんてよく言うけど、実際に人と会っている時間はめちゃくちゃ多い。
それでも、なんとなく溝がある感じがしていた。
コミュニティに入れば解決するようなものでもない。
人が足りないわけでもない。
たぶん、自分の中で起きたことを、自分の言葉で外に出していなかったんだと思う。
昔は、何かあったらすぐ言葉にしていた。
だから、出来事があって、感情が生まれて、それを言葉にすることで、「ああ、私は今こう思ってるんだ」と自分でもわかっていたのかもしれない。
それをしなくなってから、出来事だけがどんどん通り過ぎていった。
気づいたら、感情をコンテンツから引用するようになっていた。
この曲の歌詞が今の私っぽい。
この漫画のこのセリフが刺さる。
この作品のこのキャラクターが好き。
もちろん、それはそれで楽しいし、コンテンツにはそういう力がある。
この一年は、ちいかわにもかなりハマった。
昔は安室ちゃんが好きだったけど、引退してから特別な「推し」みたいなものがいなかったところに、また夢中になれるものができた。
でも同時に気付かされる。
私は、自分自身のストーリーよりも、自分ではない何かのストーリーを追いかけることで、何かを満たしていたんじゃないか。
推す対象はなんだっていい。
誰かの人生でも、漫画でも、音楽でもいい。
でも、そういうものを好きになればなるほど、逆にじゃあ私にはどんなストーリーがあるんだっけと思うようになった。
私は今、何者なんだろう。
昔はもっと、自分のことを面白がっていた気がする。
起業家になってからも、会社を作ってからも、何かを始めるたびにこれどうなっちゃうんだろうとワクワクして、その途中で起きることをいちいち面白がっていた。
でも、いつからか自然と言葉を飲み込むようになった。
強い言葉を使えなくなった。
わざわざ言わことでもないか。
これは誰かを傷つけるかもな。
ありきたりのフレームワークはペラペラ口から出てくるのに。
友人が議論したそうにしていることも、「その話、今したくない」とぶった斬ってしまったり。
怒っていいことも、ちゃんと落ち込んでいいことも、飲み込んでいた。
いや、ほんとダサい、ダサいまじでださ〜
誰も私のことなんて、いちいち気にしていないのにね。
この1ヶ月くらい、いろんなものを整理していて。
仕事のことだったり、身の回りのものだったり。
意地を張って言い訳してきたもの。
本当はもう考えたくなくて、考えることから逃げた結果、選び続けていたもの。
思い切って捨ててみても、案外何も起こらないもので。
むしろ、ちょっと身軽になる。空いたところに、また新しいものが入ってくる。
最近、昔好きだったロックを聴くようになった。やっぱり、ちょっと燃える。
かっこいい大人に、ちゃんと憧れられる。
会社も3年目に入って、同じ時間を生きてきたはずなのに、ずいぶん先に行った友人もいる。人生進めてんなーって悔しくなる、負けたくないと思う。
新しいことを考えているときの、無垢なワクワクも戻ってきた。
これ絶対おもろいじゃ〜んって興奮しちゃって、一人でキモい笑い出てくる感じも。
誰かに見せるためでも、役に立つためでもなく、ただ自分が面白いと思ったことも。
そういうものを、また大事にしたい。
まだ自分にアグレッシブさが復活した感覚は弱い。
強い言葉も、まだちょっと怖い。
だから、しばらくリハビリしてみようと思う。
例えば、ミンティア食べて冷たい水飲んで、喉から体の中まで一気に過冷却されて苦しくなってみるとか。
ああこれこれ〜、つら〜〜でもこれちょっと気持ちいいやつなのよね。
アグレッシブちゃんもも、取り戻すから待っててね。